199513 ランダム
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ふらっと

ふらっと

トラップ出現す

 巡洋艦テネレと合流したグリフォンは、艦長同士の挨拶は互いのブリッジの通信モニターで済ませ、副長のケニー・エバーツがパイロット2名を引き連れてテネレ側に乗り移って打ち合わせを行い、その後両艦連携で実務に入ることとなっていた。
 グリフォン側から提出したデータとアイデアについては、アンドリュー・コーラン艦長は満足げに頷き、好意的に受け入れてくれた。
 ケニーとて元軍人である。副長のポジションを快く引き受けている彼だが、中佐で退役した経歴でみれば、シン・トドロキよりも格上なのだ。
「今はただの民間人さ、グリフォンを仕切るのはキャプテンだ」
 こういう人柄は、現役の軍人にも通じる。
 むしろ面白いのはパイロットで、モビルスーツ中隊長と会見したデビット・アルテナはその中隊長を見るなり突然両手をあげて抱きつき、よく生き延びたと感涙してしまう。
「き、教官殿こそ、こんな形でお会いできるとは」
 この中隊長、ガストン・ライア大尉は、デビットの教え子の1人であった。中隊全体を見回すと、デビットが訓練したパイロットたちが彼以外に3人も乗り組んでいた。
 この様子を見ていたタクマ・アオノは、内心、軍のパイロットに絡まれるんじゃないかという危惧を抱いていたのだが、密かに胸をなで下ろす。
「では艦長、以後は貴艦の指示に従いつつ、グリフォンは支援行動に移らせていただきます」
「よろしく、副長。あなたのような生粋の船乗りがクルーでいてくれるのは心強い。キャプテンにもよろしく伝えてください」
 これで万事、用意は整った。いよいよトラップが潜在していると推測される、塵の希薄な宙域へ乗り込むのである。彗星の尾がまき散らす微粒子を関知していくため、レーダー感度はヒステリックなほど過敏なレンジに調整され、電子機器が悲鳴を上げるような探索が開始される。
「ワイン、レーダーがやかましくてすまないが、計器関連は全部ヒトミに任せるか?」
 キャプテンに聞かれたワインは、どっちでもいいぞと前方を凝視する。
「そううるさいもんでもないさ。とりあえず目視できる石っころは俺だけでも大丈夫だから、彼女には見えない方の索敵に集中させてやりなよ」
 ワインの操艦技術は、副長のケニーが自ら引き抜いてきたほどの腕だ。彼は実は、ネオジオン軍籍のモビルアーマー乗りであった。セオリーにおいてフルに指揮能力を発揮するケニーと、ときに意表を突いた指示を飛ばすシンの、双方の息を絶妙に受け止め、グリフォンを操る。
 この男がいるからこそ、グリフォンはこれまで一度も、不意に襲ってくる微小隕石と衝突することもなく、暗礁宙域を航行できる。
 キャプテン・トドロキとコーラン艦長の考え方はおおむね同じらしく、お互いモビルスーツを出動させてまでリスクを伴う必要性を感じていなかった。ところがテネレでは勝手が違い、モビルスーツ中隊には彼らなりの立場がある。
 軍艦を動かす船乗り同様、パイロットたちはモビルスーツを操縦して給料をもらっているのだ。巡洋艦では、船乗りとパイロットとの「居場所や居心地」というものがある。
 より現場に近い意識は、仕事をしているか、ただ飯を食らっているかというまったくくだらない、しかし実に単純なクルー同士の査定のようなものが存在するのだ。
 出港から帰港まで、巡洋艦は与えられたミッションに伴って作戦行動する。モビルスーツの出動がなければ、それがカリキュラム通りであっても「楽な仕事だ」と、船乗り側にばかにされるのだ。パイロットにとっては、これは許しがたい事態だ。
「中隊長の気持ちはわかるが、それを抑えてこその指揮官だろう」
 シノザカ副長はモビルスーツデッキからの艦内電話を切りながら、オペレーターに甲板長を呼び出すよう伝える。こうなると副長は総務の立場でいら立ちを禁じ得ない。
 ややあってサリ・バタネン甲板長がブリッジにやって来た。何を言われるかはもうよくわかっていますよ、という顔つきだ。

 結局、ガス抜きは避けて通れないという結論に達したらしい。テネレから通信が入り、グリフォンのモビルスーツも探査に出ることとなった。キャプテン・トドロキは、自分のスタッフが鉄壁のチームワークを形成していると自負しているだけに、多少腹を立てたのだが、テネレからはコーラン艦長自らが要請を行ってきた。
「艦長も大変なようですね」
『いや、大変なのは副長以下の幹部たちさ。私はこういう場面で役に立てばいい』
 こう言われると、義理を果たさなくてはならない。デビットとタクマ、プルはそれぞれの乗機に乗り込み、いつもの手順で射出されていく。
「第1デッキからリゲルグ・シルエット、第2デッキからマラサイ01、02出ました。とりあえず本艦左舷5キロおきに展開します」
 ヒトミが報告するのを受けて、キャプテンはテネレのモビルスーツ部隊の配置をたずねる。ヒトミはすぐ床のモニターに宙域図を投影し、説明する。
「テネレは本艦右舷10キロに並行しています。MS隊はさらに右舷で1小隊、テネレ・グリフォンゼロ方向で1小隊が展開」
「『下』は?」
「今、出動しているようです」
「おーおー、結局手持ちのMSぜんぶ出しちまったよ。艦長の管理能力問われちまわないか」
 ロイが軽口をたたく。キャプテン・トドロキもあきれた。
 戦争でないことがまだましだ。トラップに接触さえしなければ、彼らが攻撃を受けて撃墜されることはない。おそらく訓練の延長と思っているのだろうが、そのあたりのことを中隊長が徹底させているのかどうかは不安だ。
「訓練じゃないってことを認識しててくれよ・・・」
 その危惧は的中する。

「トラップらしき反応をキャッチしたと、右舷側の94式から入電しています!」
 探索開始から2時間が経過していた。テネレ右舷のRX-94を操縦しているのはシリル・ナブー中尉だ。彼はニュータイプ能力の素養があるということで、支給された94式のファンネル型サイコミュ搭載機を利用している。ガストン・ライア大尉の94式は、一般パイロット用のインコムタイプだという。
「ポイントを確認しろ。それと各機及びグリフォンに警戒態勢も発令!」
 オペレーターが探索状況をモニターする。宇宙塵の濃度分布をグラフィック化した投影図の一部に、確かにごく小さな、濃度の低下したポイントが現れていた。テネレの右舷2時の方位、仰角にして3度程度、約50キロの距離という至近距離に、その空間異常は生じていた。
 同じ情報を解析しつつ、テネレに従うポジションで進路を変え始めたグリフォンでは、トラップの反応が前回よりも大きいのではないかという疑問を感じていた。
「まさか、だんだんでかくなるんじゃ・・・」
 ロイのつぶやきに続いて、ヒトミがリゲルグ・シルエットのデータについて不安材料を告げた。
「キャプテン、調整中のサイコフレームに異常が出ているみたいです。これ、前回ヤマト君がチェックしていた項目と共通する『干渉波』の受信異常です」
 少し早いなと、キャプテントドロキは思いながら、すぐに通達を出す。
「プルへ連絡、前回失ったファンネル・フラワーの反応をキャッチできるかどうか、危険のない距離からテストしろ。それが終わったらただちに帰還するように」
 ヒトミかその通達をプルに伝える。プルからオープンチャンネルで返信が入った。
『了解、でも戻っちゃっていいんですかあ?』
「サイコミュのテレメーターに微妙な乱れが出ている。お前の体調じゃなくて、サイコフレームのほうに何か異常が起きているようだ。わかってるだろうが」
『安全優先でしょ、キャプテンの言いつけは守ります』
 間髪入れない返事に「よし」と言いながら、俺はからかわれているのかな? と、キャプテン・トドロキはふと感じた。
「第1デッキへ、リゲルグをいったん戻す。『干渉波障害』がサイコフレームに出ているらしい。チェックを頼む。それから、帰還後プルは待機させるからそのつもりで」
 ヒトミがデビット、タクマに状況指示をしている間に、キャプテンはエデイに連絡をつけた。話を聞いたエディも気にかけた。
『干渉波の障害は、やはりトラップと関係があるのかな』
「まだわからんが、前回のトラップとの遭遇時に、サイコフレームが異常振動を起こしたのは事実だ。たぶん何か影響を受けるんだろう」
『軍の機体で94式が出てるそうだな。そっちはどうなんだろう』
「後で問い合わせておく。教えてくれるかどうかは当てにならないけどな」
 宇宙軍のモビルスーツ中隊が陣形を変え始めた。トラップが存在すると思われるポイントに再接近したのである。測定値をもとに、宇宙塵が最も薄く、そしてラグランジュポイントや月と地球の重力影響とは異なる宇宙塵の浮遊行動から割り出したポイントは、前回グリフォンが遭遇したときの領域よりも拡大されている。
 モビルスーツ隊は、引力の干渉を受けないポジションで待機し、テネレとグリフォンの到着を待つ。そのうちの1機、グリフォンから出動したリゲルグ・シルエットは、ファンネル・フラワーのコントロールをトラップ領域に向けて行ったが、あのとき消失したユニットからの反応は得られなかった。
 だが、異常はその直後に起きた。
「な、なによこれっ」
 サイコフレームが異常振動を始めたのだ。トラップからサイコフレームを共振させる干渉波が出ていることが、この現象で前回よりもはっきりと確認できた。
「なんか・・・ひっぱられてるみたい」
『プル、どうした? トラブルか』
 デビットの無線がノイズ混じりに聞こえる。
「よくわかんないけど、あたしの脳波コントロールよりも強い干渉波がトラップから出るみたいで、機体の制御がしにくくなってきた」
『すぐに離脱しろ 引き込まれたらどうなるかわからないぞ』
「そうしたいんだけど・・・こんな距離からジャミングされるなんてっ」
『すぐに助けに行く。スラスターが焼き切れてもいいから最大出力でふんばってろ!』
 コクピットの振動はどんどん大きくなっている。プルはなんとかスラスターの噴射を成功させ、さっき受けた前のめりにつんのめるような吸引力への拮抗を果たした。しかしテンションのかかっていなかった両腕のパーツは、ぐいっと前方に引っ張られる。
 プルはあわてて両腕のフィールドモーターに駆動指令を与え、姿勢制御に持ち込む。
 機体のあちこちから、耳ざわりなきしみ音が聞こえる。この程度のテンションでモビルスーツの機体がばらばらになるとも思えなかったが、正常でない振動と音の伝わりは気味が悪くなる。
「頑張って、動いてっ」
 プルは必死の思いでフルスロットルをかける。振動が強くなり過ぎたせいか、電子機器にも異常が生じ、モニターと計器のいくつかがブラックアウトしてしまった。
 ガツンっ、という衝撃が、彼女の右側から伝わってきた。


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